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プエルト・リコ
Commonwealth of Puerto Rico

アメリカのフロリダ州マイアミの東南東約700km離れた位置にあるプエルトリコは、スペイン語を日常言語とするアメリカ合衆国の自治領というユニークな性格を持っている島である。
 住民は米国市民権を持ち、島内の約390万人の人口に加え米本土に約300万人のプエルトリコ系住民が住んでおり、米国のヒスパニックとしてメキシコ系に次ぐ勢力をもっている。

 大アンティール諸島4島の中では一番小さな島(四国の半分程度)で、南はカリブ海、北は大西洋に面し、熱帯雨林からサバンナ地帯、サンゴ礁の海岸と変化に富んだ自然を持つ。
 タイノ、カリベなどの先住民が暮らしていたが、1493年、コロンブスの2回目の航海時に発見された。島は洗礼者ヨハネの名よりサン・ファンと名づけられ、またその港は「豊かな港」の意味のプエルト・リコと呼ばれる事となった。しかし1508年にスペインより初代総督ポンセ・デ・レオンが入植した頃には、島の名前と現在の首都である町の名前は逆になっていたようである。
 以後スペイン領として欧州からカリブへの航海での最初の食料・水の補給地として、また砂糖やコーヒーの生産地として約400年間統治されてきた。
 その中で19世紀中盤より独立の機運が高まったが、1898年に米西戦争により米国に譲渡され米国領となる。

 1917年に住民は米国市民権を付与されたが、州ではない為大統領の選挙権はなく、同時に連邦税を支払う必要はないという制限付の市民権であり、現在までこの状態は継続している。但し軍事面では米国の枠内である為、第一次、第二次大戦では多くの人が召集された。
 1952年に自治領となり、以後州に昇格するか、現状維持か独立かという議論がなされているが、未だに住民投票で過半数を占めるような方向性は出ていない。

 ラテン・アメリカの文化圏にありながら米国内で自由に活動できるというプエルトリコ人のユニークな立場は、野球などのスポーツ界で活躍する人材を輩出し、また音楽でもサルサの誕生に重要な役割を果たし、近年では何人ものポップ・スターを生んでいる。


国勢

首都 サン・ファン
面積 8,870平方キロメートル
人口 約390万人(2005年)
言語 スペイン語、英語(共に公用語)
宗教 キリスト教(カトリック85%、プロテスタント及びその他15%)
通貨 米国ドル
特産品 コーヒー、ラム酒
産業 製造業、観光等
日本からのアクセス 日本→ニューヨーク、シカゴ、ダラス、マイアミ経由→プエルトリコ(サン・ファン)




観光案内・世界遺産

★ 旧市街(オールド・サン・ファン)
 初代総督ポンセ・デ・レオンの着任後1521年に建設された。背後に天然の良港を持ち、発展していった為、イギリス、フランス、ポルトガルや海賊から常に攻撃を受けていた。そのため町の周囲に城壁が作られ、17世紀には現在の範囲の町が完成している。
 当時よりのスペイン系カリブ植民地スタイルのパステル・カラーの建物が立ち並び、スペインより輸入された歴史をもつ青レンガの石畳が続く町は、訪れる観光客を楽しませてくれる。またカリブ海周遊のクルーズ船の母港となっており、週末は巨大な客船が何隻も埠頭に横付けされている。

★ エル・モロ要塞
 オールド・サン・ファンの建設後しばらくして外敵からの防御の為に1539年にこの要塞の建設が始まった。以後、英仏軍や海賊の攻撃を受ける中、改修・拡張が200年間も続けられ1783年に最終的に完成した。海面から43メートルの高さの要塞は現在は一般に開放されており、内部には博物館もあって当時の様子を知ることができる。またこの要塞を含め旧市街は世界遺産に指定されている。

★ バカルディー・ラム工場
 地元のさとうきびから作られるラムはカリブ海各国の特産品だが、その中でも世界的にファンを持つブランドの一つであるバカルディー社の工場で製造工程を見学する事ができる。旧市街からフェリーで対岸に渡り、タクシー等で5分の場所にある。

★ ポンセ
 島の南側、カリブ海側ににあるプエルトリコ第二の都市。砂糖やコーヒーの産地を背後に持ち栄えたため、スペイン植民地風の建物を楽しむ事が出来る。

★ エル・ユンケ
 島の東北の山間部にある熱帯雨林保護区。自然植物園があり、保護区の説明や熱帯雨林の植物・果物を実際に見ることが出来る。雨が少ない季節で保護区の状況が良ければ、実際に雨林の中に入る事が出来る。

★ 夜光虫
 島の南部のパルゲラ、または東部のビエケス島のモスキート・ベイで見ることが出来る。但し夜光虫保護の為、一日に見学できる人数に制限がある。


音楽

プエルトリコの伝統的な民衆の音楽としては、スペイン系農民より由来の「ヒバロ」、黒人系より由来の「ボンバ」「プレーナ」がある。
 また1960年代後半にニューヨークで「サルサ」が生まれたが、その誕生にはニューヨークに多く在住しているプエルトリコ人の聴衆や音楽家が大きな役割を果たしている。「ヒバロ」「ボンバ」「プレーナ」といった音楽の要素がサルサに聞かれるのはそのためである。
 当時の代表的グループにファニア・オールスターズがあるが、エクトル・ラボー、ウイリー・コロン、イスマエル・ミランダ、チェオ・フェリシアーノ、ボビー・バレンティンなどたくさんのプエルトリコ人のスターがサルサを広げていった。
 1980年代からサルサの中心はニューヨークからプエルトリコに移ったが、その中でベテランのエル・グラン・コンボ、ソノーラ・ポンセーニャ、ウイリー・ロサリオなどからヒルベルト・サンタロサやフランキー・ルイスなど、多くのスターとヒット曲を輩出し続けている。
 またリッキー・マーティンやニューヨーク生まれのプエルトリコ人、ジェニファー・ロペスなどポップスの分野でも同様である。


スポーツ

★ 野球
 大リーガーでは多くのプエルトリコ系選手が活躍しているが、その中で最初の偉大な選手といえば故ロベルト・クレメンテだろう。プエルトリコには彼の名を冠したスタジアムがあり今でも人々に愛されている。現役ではアロマール兄弟、カルロス・バエルガ、イゴール・ゴンザレス、イバン・ロドリゲスなどが有名。

★ ボクシング
 比較的中軽量のクラスで多くの名ファイターを輩出している。ウィルフレド・バスケス、マッチョ・カマーチョなど往年のチャンピオンからティト・トリニダードまでいい選手が多い。

★ プロレス(ルチャ・リブレ)
 メキシコと並んでラテン・アメリカでは多くの選手を輩出している。





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